井上尚弥が、また新しい顔を見せた。
アフマダリエフとの一戦。多くのファンはKOを期待していたはずだが、その夜のリングでは、あえて“KOを封印する”選択をしたように見えた。フィニッシュできる場面はあった。それでも12ラウンドを戦い抜き、判定勝ちで防衛を重ねた姿には、未来を見据えた長期的な視点が感じられた。

もちろん、ファンとしては歯がゆさもあった。フィジカルの強いアフマダリエフに対して、あえてヒット・アンド・アウェイを選んだこと。これまでの井上なら相手の土俵でも勝ち切ってきたのに、今回は違った。そんな思いが心をかすめたのも事実だ。
しかし、リスクを承知で常にKOを狙い続けるのではなく、あえて“引き出しの多さ”を見せたこと自体は間違いなく価値のあることだった。
ただ正直なところ──今回の相手がアフマダリエフであったことを考えると、そこまで見せる必要があったのか、とも思ってしまう。彼は確かに強豪だが、この戦い方は本来もっと高い舞台、例えばジャーボンテイ・デービスのような階級上の強打者と拳を交える時にこそ初めて解禁して欲しかった。
このタイミングで手の内を見せてしまったことは、裏を返せば少し“早すぎた披露”にも感じられる。

思えば、辰吉丈一郎にも似た光景があった。世界タイトル前哨戦のレイ・パショネス戦。あのときの辰吉もまた、KOを封印し、10ラウンドを戦い抜いてポイントで勝ち切った。倒すだけがすべてではなく、「勝つ術」を持ち合わせていることを示した試合だった。
今回の井上の戦い方に、あの辰吉の姿をふと思い重ねてしまったのは、私だけではないだろう。

KOをあえて追わなかった夜。
そこには、“今”よりも“未来”を優先した──まさに次なる挑戦へとつながる前哨戦としてのボクサーの覚悟が、確かに刻まれていた。

井上尚弥の試合、見ましたか? 正直、KOを期待していたんですが、あえて封印したように感じました。12ラウンドを戦い切る姿は、新しい井上を見た気がしました。

ジョー白井

ああ、見たよ。ファンとしては物足りなさもあったかもしれないが、俺はあの試合に“長期的な戦略”を感じたね。ヒット・アンド・アウェイを徹底したのも、あえて未来に残したい何かがあったんだろう。

ただ、相手がアフマダリエフだったからこそ、もっとフィジカルで真っ向勝負して欲しかった気持ちもあります。これまでの井上は、相手の土俵で勝ち切る強さを見せてきましたから。

ジョー白井

そこはわかる。だけど、今回見せた“引き出し”は無駄じゃない。確かにアフマダリエフは強豪だが、この戦い方はデービスのような、さらに上の舞台でこそ解禁して欲しかった、という思いもあるな。今見せたのは、少し早すぎた披露かもしれない。

そうですよね。辰吉丈一郎の世界前哨戦レイ・パショネス戦を思い出しました。あのときもKOを封印して、10ラウンドを戦い抜いた。勝つ術を持ち合わせていることを証明する試合でした。井上の今回の戦い方に、あの辰吉の姿が重なりました。

ジョー白井

うん、あの辰吉の試合を知っている人間なら、今回の井上に同じ空気を感じたはずだ。倒すだけじゃなく、「勝つ方法を選べる」ボクサーになったってことだよ。

となると、この防衛戦も、未来のための“前哨戦”だったってことですね。

ジョー白井

その通りだ。驚くべきことに、4団体統一戦で、しかも階級でもっとも評価の高い強豪との試合でさえ、井上尚弥にとっては“前哨戦”に過ぎなかったのかもしれない。

リングの記憶と対話〜ボクシングを語る架空の賢者ジョー白井と私〜ボクシング交差点