勝敗、実績、名声──
私たちは、目に見えるものばかりで価値を測ってしまうことも、あるのかもしれません。
けれど、本当に誰かの心に残る存在というのは、そんな尺度では測れないものです。
私は数年前に父を亡くしました。
立派な肩書きや賞を持っていたわけではないけれど、あの人は、私にとって唯一無二のヒーローでした。
一方で、ふと気づいたのです。
私は誰かの“たった一人のヒーロー”になれたことがあるのだろうか、と。
勝つことよりも、称賛されることよりも、
“誰かにとっての唯一になること”が、どれだけ尊く、どれだけ難しいことか。
その思いが、私の中でひとつの問いを育て始めました。
「勝敗を超えた“唯一”を目指すということ」──
それは、ボクシングという競技の話でもあり、
人生そのものの話でもあるのだと、今では思っています。

私
誰かの唯一になるって、勝つよりも難しいことかもしれない……そんなことを、ふと思ってしまって。

ジョー白井
あぁ、それはあるな。勝つやつは山ほどいる。でも“たった一人にとってかけがえのない存在”になれる人間は、ほんの一握りだ。

私
父を亡くしてから、そんなことをよく考えるんです。名誉とか、称賛とか、そういうのはなかったけど……私には絶対的な存在で。負け知らずのヒーローなんかじゃないのに。

ジョー白井
それでいいんだよ。記録や評価より、“誰かの中に残り続ける”ってのは、ずっと強い。ボクシングでも似たような話はある。世界を獲っても忘れられるやつもいれば、無冠でも語られ続けるやつもいる。

私
だから私、最近は勝ち負けにあまり興味がなくて。どれだけその人が、誠実に、まっすぐ闘ってるか。そういう部分ばかり見てしまうんですよね。

ジョー白井
それが“見る目がある”ってことだよ。誠実なボクサーってのは、記者でもファンでも、ちゃんと伝わるやつには伝わる。勝ち星の数じゃなくて、生き様で評価されるやつがいるのが、ボクシングの良さだ。

私
でも誠実って、すごく難しいですよね。相手を倒すのが仕事で、観客の期待も背負っていて……それでも自分を偽らずに立ち続けるなんて。

ジョー白井
だから価値があるんだ。派手に勝つやつはたくさんいる。でも、どれだけ不器用でも、信念を捨てないで闘うやつは、なかなかいない。それが“唯一”をつくる。

私
“唯一”って、たった一人の記憶に残るためのものじゃないんですね。ずっと、たくさんの心に引っかかっていくものかもしれない。

ジョー白井
そう。“静かに残る強さ”ってやつだ。誰か一人にとってのヒーローになると、それがどこかで誰かの希望にもなる。だからこそ、誠実なやつは強い。

私
でも世の中では、商業的に成功した派手なボクサーの方が“上”に見られがちですよね。バラエティに出て、CMに出て。そういうのを見て、何とも言えない気持ちになるときもあります。

ジョー白井
それも一つの“勝利”だ。否定はしない。でもな、派手さで稼いだ拍手はすぐに消える。“生き方”で勝ち取った拍手は、静かだけど、消えない。時間が証明してくれる。

私
誰かの心に残るって、派手じゃないけど、長くて、深くて……気がつくと、ずっとそばにいるものなんですよね。

ジョー白井
あぁ。拳の記憶は消えても、魂の記憶は残る。勝者か敗者かじゃなく、“唯一”の存在だったかどうか──それが、最後に人を支える。

私
私、まだ誰かの“唯一”にはなれていない気がしてて。でも、なりたいとは思うんです。誰か一人にでも、忘れられない人になりたい。

ジョー白井
それだけで十分だよ。ボクシングも人生も、そういう静かな願いの方が、よっぽど強い。
派手な勝利を狙うより、“たった一人”の記憶に残ること──それが、一番難しくて、一番尊いんだ。